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友人からの手紙 市民意見広告

連れ合いの友人から手紙がきました。
元々この方から意見広告運動のパンフをもらって、細々と意見広告運動にかかわってきました。周囲の目を気にし、権力からの威圧感を感じ、逆にいま行動しなければという、そんな私の心が代弁されているようです。 ぜひ読んでみてください。そしてあなたも何かやってみませんか。
 (手紙の中のパンフは次のHPで見ることが出来ます。http://www.ikenkoukoku.jp/)

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前略 
仕事始めの忙しいさなかと思いますが、お元気でいらっしゃいますか。年々時間のたつのが速くなるように感じられるこの頃です。
 突然私からの手紙を受け取って、少し驚いていらっしゃるのではないかと思います。失礼かと思いましたが、お知らせしたいことがあり、こうしてお手紙を差し上げる次第です。
 ご存知とは思いますが、昨年秋、教育基本法が改定されました。直接関係する学校現場でさえも、誰も関心を示さず、話題にもならず、法案が国会で通っていくのをぼんやりと感じていただけです。みんな日々のことで疲れていて、それがどんなに危険な内容であっても、もう抗議する気力もないまま、「たいしたことじゃない」と思いこもうとしているようです。ですが、現実にはこの法案が通ったことで、国家が教育に関与することが公式に認められたわけです。それがどういう事態を招くか不安になる一方です。
 今日ここでお話ししたいのは、教育基本法のことではなく、その先にある憲法のことです。いま、まるでほんの10年前には考えられなかったくらい、護憲論と改憲論の割合は
逆転してしまったように感じています。少し前まで、日本人の多くは、いろいろな矛盾があっても「非武装、中立」がよい、と思い、それを体現した「憲法9条」を理想として掲げることに賛成していたような気がします。ところが今では、そんなことを表だって表明するだけで、ある種のレッテルを貼られそうな勢いです。曰く、「幼稚な理想家」あるいは
今どきめずらしい「活動家」であり、「近づかない方が無難」な人、という風に。(まだそこまでの事態にはなっていないと思いますが、極端に言えば)
 
 3年ほど前、自衛隊のイラク派遣が行われた頃、わたしは個人的にひとつのホームページに出会いました。どんどんきな臭くなってくる世相に不安を感じていたので、何か自分にできることはないかと探していたのです。その時見つけたのが、今日お送りする「市民意見広告」です。ふつうの市民が少しずつお金を出し合い、新聞(なるべくなら全国紙)に、9条改定への反対を表明する広告を出す、というものです。
 どの党派や団体とも関係なく、ひとりひとりの市井の人の志を持ち寄って、というところに惹かれました。また、賛同者の名に日頃から信頼感を持っている作家や学者の名が載っていたことも大きな理由です。市民意見広告はこれまでに5回、新聞に掲載されています。すべての全国紙に載ったわけではないので、ご覧になっていないかもしれません。

 そして3年、残念ながら事態は決して良くはなりませんでした。平和や不戦といった主張そのものがはばかられるほど、世の中は不安にあおられ、行き先を探しあぐねてとまどっているようです。私自身、昨年一年間は自身の生活上の変化もあり、たまに賛同金を送るほか、この運動からは遠ざかっていました。
 ですが、どこかでやはり、何もしないでただこの憲法9条が失われていくのを見ていることはできない、という気持ちがするのです。この憲法のもと、平和と繁栄を享受して生きてきた自分が、自分の子供達の時代には「戦争することもありうるふつうの国」をポンと手渡すことを平気でしていいのか、と思うのです。しっかりした議論も納得もないまま、「時代の気分」のようなものに流されて憲法を変えてしまったとして(ちょうど教育基本法がそうであったように、またそこには巧妙な世論操作がもちろんあったとも思いますが)、結果を引き受けるのは自分たちではなく、今選挙権をもたない子供たちです。この国の、この時期に行き会わせた大人として、今何もしないことは、憲法を変えようとする人たちの行為を黙認することにしかなりません。

 爆笑問題の太田光が、同じようなことを「憲法9条を世界遺産に」(集英社新書)の中で言っています。
「僕は、日本国憲法の誕生というのは、あの血塗られた時代に人類が行った一つの奇蹟だと思っているんです。その奇蹟の憲法を、自分の国の憲法は自分で作りましょうという程度の理由で、変えたくない。少なくとも僕は、この憲法を変えてしまう時代の一員でありたくない。」

 今の流れでは、予想外に早く、憲法改定の動きは進んでゆきそうな気がします。今の憲法に様々な矛盾があることは承知の上で、今はまだ変えるべきではない、変えてはならない、と切に思います。ほんのひとしずくの想いでも、集めてみたら少しは流れになるのではないか。少なくとも、何もせずに憲法改定の動きを加速するよりは、ずっといいのではないか・・そう思い、またこのような手紙を幾人かの人に出すことを始めました。
 
 もしお気持ちがあれば、この「市民意見広告」運動に参加してください。同封のチラシに賛同金を添えて、郵便局からの振り込みになります。(今どき郵便局なんです、ごめんなさいね)
 2007年5月3日の憲法記念日にむけて、第6回めの意見広告を出す予定です。どうか、あなたの力を貸してください。送金の〆切は4月7日ころです。この機会に憲法9条に対するあなたの想いを新聞広告を利用して発信していただければ幸いです。
 
 新年早々、重たい内容の手紙を送ってしまい、申し訳なく思っています。どうか、2007年が、みなさまにとって良き一年でありますよう。そして何より、平和で穏やかな一年でありますよう、心から祈っています。どうぞお元気で。
                                                              K.M
2006年1月

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ビラ配り-小さな一歩

12月と1月初めに3日ほど駅前で「憲法九条実現」第6期市民意見広告のビラ配りをしました。
http://www.ikenkoukoku.jp/
初めての経験でしたが、皆さん気安く受け取ってくれました。
(受け取る人は10人に一人以下でしたが)
小さな一歩ですが、出勤前や、遅番の時には気軽にやれそうです。
一回30-40分ですが時間や曜日を変えればいろいろな人に手渡せます。
そのうち自分の見方も配ってみたいと思います。

むかーしむかし、募金活動をしたときはたしか道路使用許可がいるとのことだったので
交番で問い合わせ、警察署に電話し結局警察署に行ってきました。
なんと申請1通2500円必要。何回もやったら大変だと思ったら、歩道で単にビラを地味に
配るだけなら許可は不要とのこと。
 何が地味でないかというと たすき、ノボリ、看板、拡声器、他 人が集まるような
パフォーマンスを予定しているとだめなようです。結果的に人が集まって、通行を妨害
すると問題になりそうでした。
言いがかりをつけられたら「三十六計逃げるにしかず」と考えていましたが杞憂でした。
出勤時間だったので言いがかりをつけるような暇な人はいませんでした。

それにしても、高校生は受け取らない。関心が低すぎます。
自分たちが戦争の当事者(戦争被害、兵役、戦争加害者)になる可能性があることを
ほとんど感じていないようです。

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教育基本法「改正」

あけましておめでとうございます。

昨年は教育基本法がとうとう改正されてしまいました。
平和と人権の現行憲法を実現するために制定された教育基本法が改正され、
次は戦争のできる「普通の国」をめざした憲法改正です。
今年通過しなくても、教育基本法改正後の教育が実行を発揮する15-20年後には確実に
「普通の国」になってしまう事でしょう。

その時に後悔しないために出来ることをやっていきましょう。

参考ホームページ

人権擁護と死刑廃止 1枚のはがきの大きな効果
  アムネスティジャパン http://www.amnesty.or.jp/

憲法九条の実現 守る憲法ではなく 行動して実現する憲法
  市民意見広告運動  http://www.ikenkoukoku.jp/

基本的に人類と両立しない放射性廃棄物を生産する原子力発電
  原子力資料情報室  http://cnic.jp/


以下 教育基本法反対のマスコミ向けメールです。

教育基本法を改正する必要は全くありません。2006.12.8
教育の問題は現場の自由な発想に基づく柔軟な教育から 中央の指導による硬直的な教育になった事こそが問題です。
タウンミーティングのやらせ発言に象徴されるような大人社会のご都合主義、くさい物にふた、議論より権限、数の力 といった事を子供たちが敏感に感じとって学校生活を中心とする子供社会が大人社会を忠実に反映しているからに他なりません。
今の教育基本法を忠実に実行することこそが必要です。 
形骸化した教育委員会、教育庁、ましてや文部科学省の統一したマニュアル(検定教科書、指導要領、通達)以外での行動を許さない現状は、重要なプレーヤーの教師のやるきをなくさせ、もてる力の10%も発揮できていません。
 いまや企業でもスポーツでも構成員の持てる力を100%出させるために、押しつけではなく、自主的自立的な行動が出来る事が求められ、また環境を整えようとしています。押しつけの教育はこれに全く反した
指示待ち人間を作るだけです。
問題解決は現場それぞれの現状にあった、自由な発想と責任と権限基づいた行動です。
 自由で民主的な教育こそが自主性と個性を育て共働で成果を上げ分かち合う社会を作れるのです。
マスコミの皆さんも単純な事実だけの報道ではなく問題点を掘り下げた報道をお願いします。
日本の未来が暗い物になるか、明るく活発な物になるかの瀬戸際です。将来をみすえた報道をお願いします。

 教育基本法を改正する必要は全くないと考えます。
団塊の世代は憲法と教育基本法のに基づく民主的な教育を受け、戦後の日本の発展を支えてきました。どこに問題があったのでしょうか。

問題があるとすれば、会社人間になりすぎた結果家庭、地域での役割を放棄せざるを得なかった為に、子供たちの社会教育がおろそかになったきらいがあるかもしれないと言うことでしょう。
これについては、そのような会社経営、社会体制を許した、経営者、政府、国会、司法に問題があるります。

学校教育が変質してきたのは団塊の世代+10年が卒業後、戦前の教育を反面教師として、一生懸命民主的、自主的な教育をしてきた教師が管理職?(教頭、校長)になり始めまた引退しはじめてからではないでしょうか。

 自由で民主的な教育こそが自主性と個性を育て共働で成果を上げ分かち合う社会を作れるのです。
 時の政府の都合で行う教育に未来はありません。児童、生徒、学生の可能性をつぶし、エリートを選別する教育にしてはなりません。


以下 教育基本法反対の政治家向けメールです。

 教育基本法を改正する必要は全くありません。 2006.12.9
教育の問題は現場の自由な発想に基づく柔軟な教育から 中央の指導による硬直的な教育になった事こそが問題です。タウンミーティングのやらせ発言に象徴されるような大人社会のご都合主義、くさい物にふた、議論より力業 といった事を子供たちが敏感に感じとって学校生活を中心とする子供社会が大人社会を忠実に反映しているからに他なりません。
 
形骸化した教育委員会、教育庁、ましてや文部科学省の統一したマニュアル(検定教科書、指導要領、通達)以外での行動を許さない現状は、重要なプレーヤーの教師のやるきをなくさせ、もてる力の10%も発揮できていません。
問題解決は現場それぞれの現状にあった、自由な発想と責任と権限基づいた行動です。
 自由で民主的な教育こそが自主性と個性を育て共働で成果を上げ分かち合う社会を作れるのです。


 教育基本法を改正する必要は全くありません。
団塊の世代は憲法と教育基本法のに基づく民主的な教育を受け、戦後の日本の発展を支えてきました。どこに問題があったのでしょうか。

問題があるとすれば、会社人間になりすぎた結果家庭、地域での役割を放棄せざるを得なかった為に、子供たちの社会教育がおろそかになったきらいがあるかもしれないと言うことでしょう。
これについては、そのような会社経営、社会体制を許した、政府、国会、司法に問題があるといえます。
学校教育が変質してきたのは団塊の世代+10年が卒業後、戦前の教育を反面教師として、一生懸命民主的、自主的な教育をしてきた教師が管理職?(教頭、校長)になり始めまた引退しはじめてからではないでしょうか。
 自由で民主的な教育こそが自主性と個性を育て共働で成果を上げ分かち合う社会を作れるのです。
 時の政府の都合で行う教育に未来はありません。児童、生徒、学生の可能性をつぶし、エリートを選別する教育にしないてください。

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