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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の20件の記事

2016.10.19

黒石よされ写真コンテスト 入賞取消

黒石よされ写真コンテスト 入賞取消

理由が黒石よされの趣旨に反するとの報道です。
黒石よされのHPをみても特に趣旨目的は明記されていません。
ただ、ポスターには下記の文言があります。

黒石市がひとつになり、未来へ伝統と誇りを伝えていく祭り

亡くなった方を撮影した写真は未来への伝統と誇りを伝えていくににふさわしくないでしょうか。
自殺したからではなのでしょうか。
もし高齢の方が祭りの後でなくなったのならこんな取り消し判断はしなかったでしょう。
撮影対象者は青森市の方ですから、直接的に自殺に黒石市の学校がかかわっているわけではないので、
なんら取り消さなければならないことはないと思います。
青森市教育委員会に遠慮しなければならない方がいたのでしょうか。

非常に不可思議な判断です。
19日の黒石市の公式説明でもおそらく納得できる理由ではないと思います。

2007.01.17

友人からの手紙 市民意見広告

連れ合いの友人から手紙がきました。
元々この方から意見広告運動のパンフをもらって、細々と意見広告運動にかかわってきました。周囲の目を気にし、権力からの威圧感を感じ、逆にいま行動しなければという、そんな私の心が代弁されているようです。 ぜひ読んでみてください。そしてあなたも何かやってみませんか。
 (手紙の中のパンフは次のHPで見ることが出来ます。http://www.ikenkoukoku.jp/)

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前略 
仕事始めの忙しいさなかと思いますが、お元気でいらっしゃいますか。年々時間のたつのが速くなるように感じられるこの頃です。
 突然私からの手紙を受け取って、少し驚いていらっしゃるのではないかと思います。失礼かと思いましたが、お知らせしたいことがあり、こうしてお手紙を差し上げる次第です。
 ご存知とは思いますが、昨年秋、教育基本法が改定されました。直接関係する学校現場でさえも、誰も関心を示さず、話題にもならず、法案が国会で通っていくのをぼんやりと感じていただけです。みんな日々のことで疲れていて、それがどんなに危険な内容であっても、もう抗議する気力もないまま、「たいしたことじゃない」と思いこもうとしているようです。ですが、現実にはこの法案が通ったことで、国家が教育に関与することが公式に認められたわけです。それがどういう事態を招くか不安になる一方です。
 今日ここでお話ししたいのは、教育基本法のことではなく、その先にある憲法のことです。いま、まるでほんの10年前には考えられなかったくらい、護憲論と改憲論の割合は
逆転してしまったように感じています。少し前まで、日本人の多くは、いろいろな矛盾があっても「非武装、中立」がよい、と思い、それを体現した「憲法9条」を理想として掲げることに賛成していたような気がします。ところが今では、そんなことを表だって表明するだけで、ある種のレッテルを貼られそうな勢いです。曰く、「幼稚な理想家」あるいは
今どきめずらしい「活動家」であり、「近づかない方が無難」な人、という風に。(まだそこまでの事態にはなっていないと思いますが、極端に言えば)
 
 3年ほど前、自衛隊のイラク派遣が行われた頃、わたしは個人的にひとつのホームページに出会いました。どんどんきな臭くなってくる世相に不安を感じていたので、何か自分にできることはないかと探していたのです。その時見つけたのが、今日お送りする「市民意見広告」です。ふつうの市民が少しずつお金を出し合い、新聞(なるべくなら全国紙)に、9条改定への反対を表明する広告を出す、というものです。
 どの党派や団体とも関係なく、ひとりひとりの市井の人の志を持ち寄って、というところに惹かれました。また、賛同者の名に日頃から信頼感を持っている作家や学者の名が載っていたことも大きな理由です。市民意見広告はこれまでに5回、新聞に掲載されています。すべての全国紙に載ったわけではないので、ご覧になっていないかもしれません。

 そして3年、残念ながら事態は決して良くはなりませんでした。平和や不戦といった主張そのものがはばかられるほど、世の中は不安にあおられ、行き先を探しあぐねてとまどっているようです。私自身、昨年一年間は自身の生活上の変化もあり、たまに賛同金を送るほか、この運動からは遠ざかっていました。
 ですが、どこかでやはり、何もしないでただこの憲法9条が失われていくのを見ていることはできない、という気持ちがするのです。この憲法のもと、平和と繁栄を享受して生きてきた自分が、自分の子供達の時代には「戦争することもありうるふつうの国」をポンと手渡すことを平気でしていいのか、と思うのです。しっかりした議論も納得もないまま、「時代の気分」のようなものに流されて憲法を変えてしまったとして(ちょうど教育基本法がそうであったように、またそこには巧妙な世論操作がもちろんあったとも思いますが)、結果を引き受けるのは自分たちではなく、今選挙権をもたない子供たちです。この国の、この時期に行き会わせた大人として、今何もしないことは、憲法を変えようとする人たちの行為を黙認することにしかなりません。

 爆笑問題の太田光が、同じようなことを「憲法9条を世界遺産に」(集英社新書)の中で言っています。
「僕は、日本国憲法の誕生というのは、あの血塗られた時代に人類が行った一つの奇蹟だと思っているんです。その奇蹟の憲法を、自分の国の憲法は自分で作りましょうという程度の理由で、変えたくない。少なくとも僕は、この憲法を変えてしまう時代の一員でありたくない。」

 今の流れでは、予想外に早く、憲法改定の動きは進んでゆきそうな気がします。今の憲法に様々な矛盾があることは承知の上で、今はまだ変えるべきではない、変えてはならない、と切に思います。ほんのひとしずくの想いでも、集めてみたら少しは流れになるのではないか。少なくとも、何もせずに憲法改定の動きを加速するよりは、ずっといいのではないか・・そう思い、またこのような手紙を幾人かの人に出すことを始めました。
 
 もしお気持ちがあれば、この「市民意見広告」運動に参加してください。同封のチラシに賛同金を添えて、郵便局からの振り込みになります。(今どき郵便局なんです、ごめんなさいね)
 2007年5月3日の憲法記念日にむけて、第6回めの意見広告を出す予定です。どうか、あなたの力を貸してください。送金の〆切は4月7日ころです。この機会に憲法9条に対するあなたの想いを新聞広告を利用して発信していただければ幸いです。
 
 新年早々、重たい内容の手紙を送ってしまい、申し訳なく思っています。どうか、2007年が、みなさまにとって良き一年でありますよう。そして何より、平和で穏やかな一年でありますよう、心から祈っています。どうぞお元気で。
                                                              K.M
2006年1月

2007.01.10

ビラ配り-小さな一歩

12月と1月初めに3日ほど駅前で「憲法九条実現」第6期市民意見広告のビラ配りをしました。
http://www.ikenkoukoku.jp/
初めての経験でしたが、皆さん気安く受け取ってくれました。
(受け取る人は10人に一人以下でしたが)
小さな一歩ですが、出勤前や、遅番の時には気軽にやれそうです。
一回30-40分ですが時間や曜日を変えればいろいろな人に手渡せます。
そのうち自分の見方も配ってみたいと思います。

むかーしむかし、募金活動をしたときはたしか道路使用許可がいるとのことだったので
交番で問い合わせ、警察署に電話し結局警察署に行ってきました。
なんと申請1通2500円必要。何回もやったら大変だと思ったら、歩道で単にビラを地味に
配るだけなら許可は不要とのこと。
 何が地味でないかというと たすき、ノボリ、看板、拡声器、他 人が集まるような
パフォーマンスを予定しているとだめなようです。結果的に人が集まって、通行を妨害
すると問題になりそうでした。
言いがかりをつけられたら「三十六計逃げるにしかず」と考えていましたが杞憂でした。
出勤時間だったので言いがかりをつけるような暇な人はいませんでした。

それにしても、高校生は受け取らない。関心が低すぎます。
自分たちが戦争の当事者(戦争被害、兵役、戦争加害者)になる可能性があることを
ほとんど感じていないようです。

2005.01.16

世界の平和と共存と継続のためにブラザーフットを見て

拝啓 衆議院議長 河野洋平 殿
韓国映画の「ブラザーフット」をDVDで見ました。内戦の悲惨さ、肉親、友人同士の戦い、戦争による憎しみと憎悪の悪循環、普通の人が優秀な戦士(殺人者)になっていく過程が胸を痛めます。これが過去のことではなく、今まさに世界中の紛争地域で起きていることだと思うとたまらずに泣けてしまいました。内戦という特殊な状況で人間が誰しも陥る非人間的罠を克明に描写しています。
もし日本で内戦が起きた場合、描写されている悲惨な行為がいたるところで起きることは否定できません。理由は、今の風潮にあります。自分達の行動や主張に対して反対する側の人々や、単に嗜好の違いだけでも意に沿わない状況に対して、極端な攻撃的姿勢を見せる人々がいるからです。(韓流ブームに対する嫌がらせ、各国テロの発生時に起きる関係国の在留者への嫌がらせ、ビラ配り逮捕、自己責任問題等々)誰しも持っている残虐性、攻撃性、が簡単に発現しているように思います。多様な意見を許容で共存する事ができる日本にし、これを世界に広げていくことが必要です。身近なことからやりたいと思います。敬具
2005年1月15日

2005.01.15

NHK内部告発

拝啓 衆議院議長 河野洋平 殿
NHKの番組にたいする政治介入の告発、良く重いました。なんら見返りがなく、単に自らの世情的立場を悪くすることを省みず、告発したことに深く感銘しています。この告発を非とする人々は「何かの利益誘導があったに違いない」「NHKと政治家を陥れることにより、告発者が利益を得ている」というでしょう。
私は自らの良心にかけて自らの信じる正しい道を全うするために告発したと考えます。なぜならうそや欺瞞や恨みでこのようなまったく自己の利益にならないことはしません。自己の真実声に耳を傾け、現実の圧力との狭間で生きるすべを見出さなければならない感受性の豊かで責任感の強い人が行った行為です。この番組や告発を自らの不利益と考え抹殺しようとする人々からすれば信じられない暴挙でしょう。しかし「人はパンのみにて生きるにあらず」です。公平と客観性を貫いたと考える番組を偏向していると主張され削除変更された理不尽さ、将来の危険さを感じ、告発する義務を感じたのです。私はこの告発を正当に取り上げ徹底的に解明することを望みます。民主主義の表現の自由に関する問題です。敬具
2005年1月14日

2005.01.04

人類の未来

啓 衆議院議長 河野洋平様
毎日出すはずだった河野議長へのハガキですが、すでにずいぶん欠落してしまいました。年末年始にかけて人並みに多忙で(忘年会も含めて)考えもまとまらず、断念しました。多少かけたとしても継続することによってこそ何かが生まれると考えてご迷惑かも知れませんがまた今年も続けさせていただきます。
日本サッカー協会の川渕会長が2050年までにワールドカップで優勝するという素晴らしい目標を掲げました。単に日本のサッカーが強くなるということではなく困難で判りやすい目標を掲げ、日本のスポーツの底上げ、底辺への浸透をはかり、ひいては日本と世界に安心と安定をもたらそうという遠大な計画だからです。
このようなことをぜひ政治家の皆さんにやっていただきたいものだと思っています。
私の目標は人類が地球環境を破壊することなく他の生物と共存していくことです。しかし生物は増大しなければ衰退していくものかもしれません。そうだとすれば、地球とともに破滅するか、他の種に地球を譲りわたすか、または新天地を宇宙にみいだすかのいずれしかないでしょう。
五十世代先の子孫達にとっていずれが望ましい事といえるでしょうか。       敬具
2005年1月4日

2004.12.08

親切のお返し

拝啓 衆議院議長 河野洋平様

 今日は帯広へ日帰りの出張です。帰宅は0時近くなりそうです。日勝峠は晴れでまずまずの道でしたが、帰りは一部凍結路面でした。
 帯広に行く途中にラジオの番組で「親切はほかの人に返すもの」という言葉に出会いました。
とても深みのある言葉だと思い印象に残りました。この言葉を聞いた方はかって旅先で親切を受けた山古志村の方に御礼の品を差し上げようとしたところこの言葉でたしなめられたそうです。
親切を行う方はお返しを期待するのではなく無償の行為として見返りを求めずに行ったものなのです。お礼の言葉はともかくも金品のみならずお礼の行為は不要なのです。親切が他の親切を呼び、さらに親切が広がっていくことこそ、親切を行うものの喜びであり無償の行為の報酬なのでしょう。これは単に個人の無償行為だけではなく世界的規模の無償行為についても言えることだと思います。日本も世界から受けた戦後の援助を他の国々に無償で返していかなければなりません。下心は無償行為の価値を失わせます。
敬具
2004年12月8日

2004.12.03

人身売買

拝啓 衆議院議長 河野洋平様
 多くの日本人は不況をかこちながらも平和で物質的には何不自由ない暮らしを送っています。
しかし日本国内にも多くの不幸な出来事があり、また世界的にはもっと多くの貧困と暴力による悲惨な状況があります。さらにその貧困から逃れようと日本に来る外国の人々も悲惨な状況にさられています。
人身売買・強制売春はその最たるものです。
http://www.tokyo-net.tv/index/anw/kakologu/josei.htm
コロンビアとタイからの女性が多く暴力団の資金源とし食い物にされています。平和で裕福な日本でこんなことが行われ、結果的に許されているのは恥ずかしい限りです。世界的にも人身売買を取り締まり、被害者を保護する方策が立てられているにもかかわらず、日本では実効的に被害者を救い、加害者を罰する体制や考えには、なっていません。
 これは日本人が他人に無関心であり、自分達だけがよければそれでよいということを表明しているのと同じことです。世界のすべての国の人々が等しく平和で安心して暮らせなければ日本の真の平和、精神的な平和はありません。
 ひとつずつ差別、抑圧的非社会的行為をなくす方向を目指していきましょう。
敬具
2004年12月3日

2004.12.01

私の履歴書

拝啓 衆議院議長 河野洋平様
 今年も師走に入りました。霜月の最終日は熱を出し頭痛がひどく、まともなハガキをかける状態ではなかったので残念ながらハガキは断念しました。急に冷え込みふぶき模様の雪となり、体調を崩したようです。今はほとんど圧雪状態で朝はアイスバーンの場所もあります。北海道の冬が始まりました。
日経新聞に今日から河野議長の「私の履歴書」が掲載されているのを拝見しました。楽しみにしております。しかし67歳の現役議長が「私の履歴書」を書かれるのはまだまだ早くありませんか。
とは言うものの以前は引退された直後か直前の方の掲載が多かったもののこのごろは現役バリバリ、第三の人生を歩んでおられる方も多く掲載されているのですから、ここで半生を振り返られさらに発展されることを期待いたします。
 
さて日本政府は武器輸出三原則の改定を官房長談話で済ますようです。軽い原則になったものです。国連は安全保障理事会の拡大を目指すようです。平和憲法の日本が常任理事国になるのであれば大賛成ですが、戦争肯定の日本が常任理事国になるのは何の意味もないばかりか世界に対して責任ある対応ができないと思われる点から絶対反対です。 
敬具
2004年12月1日

2004.11.22

新聞報道報道の差

拝啓 衆議院議長 河野洋平様
 今日行われた衆院憲法調査会の公聴会で中曽根氏、宮沢氏、竹村氏が公聴人として発言した記事を新聞2誌のホームページで読みました。各誌の取り上げ方には大きな差がある事がわかりました。閲覧した5誌のうち2誌しか23:30現在で掲載していません。また1誌は掲載されたばかりでした。また2誌の記載事項を見ると扱い行数がちがうだけでなく、読者が受ける印象もまったく異なるものでした。特に宮沢氏の発言はまったく違った印象を受けました。報道機関は事実を報道するのが大きな目的で、意見表明ははっきりと区別して紙面を構成しているように思います。しかし現実には記者、編集者、経営方針によって事実であるべき記事でさえ、ある方向性を持たせることが可能だということがわかりました。
 うそは書かなくても、不都合な事実を記載しないことはできます。また記事の扱いの大きさは新聞社の裁量範囲ですし、発言の一部を抜粋して掲載することは紙面の関係でしかたがない面もあります。逆に偏向した報道といって攻撃するのも簡単なことかもしれません。
    敬具
 2004年11月11日

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